未来は突然来るのではなく、先に”響き”として
現れる

最近、ひとつ大きな気付きがありました。
私はずっと「ない」「不足」「叶ってない」
という感情ばかりに意識を向けていました。

お金がない。
時間がない。
結果が出ていない。
未来が不安。

気が付けば、心の中は”欠けているもの探し”
になっていました。
「今あるものに意識を向けてみよう」
今あるものに感謝しよう

今まで当たり前だと思っていたものに
感謝できるように、なりました

そこから私は、毎朝こう言うように
「今日もいい一日でした、ありがとう」
まだ一日が始まっていないのに
先に感謝する。

いわゆる”前祝”(予祝)です
しかも真面目にではなく、すこしニヤニヤ
しながら(笑)

そして夜は、
自分が望む未来を想像しながら眠ります。

私の場合は「幸運周波数フォト」が
多くの人の人生の転換点になっている
 未来。

撮られた人が、自分の未来に希望を持ち
笑顔になり、「あの写真が人生を変えた」
と言ってもらえる未来です。

最近「気付き」というものは、誰かから
おそわるものなく、
”整った時に自然に起きる現象”なのではと
思っています

無理に探しても見えない
でも、自分の内側の波が静かに整った瞬間
突然見えてくる

同じ景色
同じ出来事
同じ人

なのに、まるで別の世界のように感じる。

これはスピリチュアルな話だけではなく
脳科学的にも説明ができます

人間の脳には「RAS(網様体賦活系)」という
機能があります。
簡単に言いますと
”自分が重要だと思った情報を優先的に
 拾うフィルター”です

例えば、赤い車を意識すると急に赤い
車ばかり見える。

本当は前から存在していたのに、脳が
認識していなかっただけなのです。

つまり
「不足」に意識を向ければ、不足ばかり見える
「感謝」に意識を向ければ、感謝できる
 現実が見え始める。

脳は、自分が信じている世界を証明しようと
するからです
だから私は最近”奇跡”とは、突然空から降って
くる特別なものではなく

「今まで見えていなかったものが、見えるように
なる現象」なのではないかと思っています

偶然の出会い
タイミング
ひらめき
導かれるような感覚

それらは最初から存在していたのに、
自分の周波数が変わった瞬間、
受信できるようになる。

未来は突然やって来るのではなく
まず”響き”として現れる

私はそう感じています

なので先に”響き”を行うのです
「ワレハ ミライ ヲ ウツス モノ」
と言う言葉が、自分の中で強く
響いています。

そして興味深いことに、カタカムナの思念
で読み解くと、この言葉(言霊)には
こんな意味が含まれているそうです

ワ→調和
レ→消失する
ハ→引き合う
ミ→実態、光
ラ→生まれ出る
イ→意識
ヲ→奥に出現する
ウ→生まれ出る
ツ→集まる
モ→漂う
ノ→時間をかける

これを一つの流れとして読むと
「調和へ戻った存在が、必要なものを引き寄せ
未来の光を受け取り、奥から現れた現実を生み出し
時間をかけてこの世界に定着させていく」

こんな、意味になるそうです
もちろん、これは絶対的な正解ではないとおもいます
なんせAIさんに、解読させましたから(笑)

でも、この言葉(言霊)が腑に落ちる、
どこか深い感覚を覚えました
特に印象的だったのは
「奥から現れた」 と言う部分
それは、単なる思考ではなく

心。
魂。
深層意識。
まだ言葉になっていない感覚。

そういう場所から、静かに浮かび上がって
くるものではないか。
だから無理に探すと見えない。

静かになった時、整った時、
ふと”向こうから現れる”
だから、強く願いすぎるのやめました
「絶対叶えなければ!」ではなく
「面白いからやってみよう」
くらいの軽さ。

執着は重くなる。
感謝は軽くなる。

軽くなった時、人は自然と本来の流れ
に戻っていく気がします。
私は写真を撮る時も、ただ”今の姿”を
撮っているわけではなく

その人、幸せな感覚になれる、未来の光を
感じながらシャッターを切っています

だから撮影前には、沢山話を聞きます
何を望み、どうなりたいのか。

撮る側と撮られる側の”共鳴”
とても大切だからです

「未来を写す」とは未来予知ではなく
”その人の中に、すでに存在している
 可能性を先に写すこと”


すでに静かに響き始めている。
そして、その響きに気付けた時
人は少しずつ、自分の現実を変え始める
のかもしれません

結果が先 原因は後

ワレハ ミライ ヲ ウツス モノ

ありがとうございました